虹空獣道

一次創作の話と試行錯誤のあれこれ

「オタク」を断捨離したら、私の「本当」が色々分かった

今晩は、待草です。

夏の東京コミティアに発刊予定の、友人の漫画作品のノベライズの編集作業が案の定予定の脱稿日に近付き過ぎてデッドオアアライブ状態となっております。加えて何を思ったのか、来月東京から大阪に引っ越しするのに液晶タブレットを(オークションで中古ですが)衝動買いしてしまって予算を予定より完全オーバーして給料日初日から大チキンレース状態となっております……。前者も後者も完全な自業自得でしかないのですが。なんでこのタイミングに液タブ買ったんだよ絶対ぶっ潰れるまで絵描いてロゴ描いてコキ使ってやる。

 

それはともかくとして……。

 

こういう謎のでっけー衝動買いをしてしまう癖がある私ですが、ここ数年前から、一応地味地味と「辞める」活動を行っております。

 

SNSピクシブ、野望への執着、人と比べる事。嫌な思い出を覚えている事。「苦しい」に苦しむ事。(もちろん、金使いの荒さもですが一応……)

 

「断捨離」が巷でブームになっているそうです。だけど私はそのブームに乗ったのではなく、自然に思って、少しずつですが意識して行うようになりました。その理由は今の私の歳だと誰もが通る人生の節目的な想いの変化もあるかも知れませんし、「私」が変わる為への、大きなけじめ付けなのかも知れません。

 

そして、そんなけじめ付けの中に、「オタク」があります。数十年続けた「オタク」を、この度辞める事にしました。

私はその時ハマったゲームのグッズをあれもあれもと買う「グッズオタク」だったのですが、別にオタクが駄目だとかオタクをDisりたいんだとか、そういう理由で辞める事にしたのでは無いです。

(むしろオタクにしろ何にしろ、何かに真っ直ぐに夢中になっている人はとても美しいし、憧れでもあります)

 

辞活を行っていく中で、断捨離もそうですがこういう事をしていると、モノや今までの自分と真っ直ぐにじっくりと向き合う時間が出来るのですね。その中で、「グッズオタク」だった自分の事を見直す内に、私は、少なくても私は、要するに以下だったんだという事を確信したのです。

 

物を集める<物を買う行為を楽しんでいた

序文のありえねえ大出費で分かると思いますが、私は物欲の塊なのです(苦笑)。ですので、学生時代からここ最近まで、ゲームのグッズが欲しくなったら衝動で買っていました。だけど実際は昔から、家に置いてあるのは最近買った物ばかり。子供の頃からずっと大事に持ち続けているのは、兄に貰ったFF6のスーファミのサントラだけです。それ以外は1年未満の購入で、大体1年経たずにいなくなっていました。(数年前から年単位で残しているのもちょこちょこ出来ていますけど)

何故なら、フライパンみたいに熱しやすいが冷めやすく、飽きたら直ぐに集めたグッズを売りまくる癖があったのです。高い金を出してグッズ買って、安い金で売るを繰り返してました。酷い時は買ったその日に売る事もありました。ただの散財癖でしか無かったのです。物を集めたり愛したりではなく、手に入れる事で十分に満たされてしまっていたのでした。

 

お金も「物」も大事にしていなかった

ただの散財癖のターゲットになっていただけでしたので、とにかくお金を大事にしていませんでした。一生懸命バイトや仕事で稼いだお金をドブに捨てているのと変わらなかったです。それが買った物を大事にするのならまだしも、直ぐ手放してましたので、本当に諭吉をドブに捨ててただけでした。一体何百万円溶けたんだろう……。

大人になってから「物は使われる為に産まれてきた」んだと考えるようになりました。だけどそんな「物」の役割を、「オタク」をしていた頃は果たしてあげられる事が出来ていなかったんです。使う目的が無いのに「欲しい」だけで買って、やっぱり使う事無く飾り、埃を被らせて、飽きたら捨てられる物達は無念でしかなかったでしょう。私は「物」達に、ずっと酷い事をしてしまっていたのです。

 

確実に大事にする物だけを残す事にした

そんな劣悪な散財「オタク」だった私をこの度辞める事にしたのですが、全部とりあえず持っているグッズを手放してしまう事はしませんでした。

実践してみる事にしたのは、とにかく自分が

  • 使う予定の無い物を買ってしまう
  • 買う事に満足してしまう
  • 飽きたら捨ててしまう

でしたので、

「飽きる」という事が無いように、使う(大事にする)目的があるものと、そうでは無い物を仕分けました。

そして仕分けをした「目的の無い物」は、もう二度と同じような物を買う事がないようにという決意を込めて、お別れをしていきました。

主に、以下のような具合です。

  1. ぬいぐるみ→お気に入り数個と、数年前に行った「思い出の断捨離」旅行のお土産のクマを残し、海外のボランティアへ寄付しました。子供達が使ってくれるとの事ですので、捨てるよりは物が喜ぶと思って。
  2. →とにかく「置き本」を全て読了しました。その上で残しておきたいと思った物だけを残し、後は古本屋で売却。
  3. 漫画→元々1冊も家に置かないので(買ってもその日に読んで売っちゃう……)、今後は買うより借りる事にしました。
  4. グラス・マグカップ→グラスは数個を植木鉢代わりにして植物育てる事に。残りとマグカップは海外ボランティアへの寄付へ。
  5. ゲームのサントラCD→こちらは創作の執筆やイラスト描く時に頻繁に聴くんで、ほぼ全部残し。手放すと決めた物はデータとして記憶媒体に保存して売却
  6. その他グッズ→鞄(お弁当入れに)。クリアファイル(普通に書類入れに使う)。モデルガン(お気に入り残して後は売却。今後は買わない)。人形系(全部処分)。キーホルダー(観光のお土産ばっかり。全部鞄に付けてる。)

こんな感じで、お別れする物とこれからずっと大事にしていく物を処理していきました。

 

そうすると、だんだんと自分の「本当」が分かってきたのです。

 

結局、自分の「創作」の為だった

漫画も本も、サントラCDも、何で買ってたかというと、やっぱり本来は自分の「創作」(漫画小説)を作る上での、やる気にしたかったんです。

プロを目指していた頃も、今も、強い未来の憧れが好きになった商業作品に込められていて、何時かこんな作品が作りたいとか、もっと知識を増やしたいとか、参考にしたいとかいう気持ちが物を目の前にした時にいつも起きていました。そして買うまではいつも思っていたのです。「これを使って、面白い私の作品を書こう」って。

それがいつの間にか散財しかしない結果になっていて、そして良い作品が作れていたかと言ったら、答えはNOです。ちっとも作れていないのです、未だにです、未だに全然。

愛したい本来の物への愛情を、別の物に注いでしまったのかもしれません。

 

もっと、これからはもっと真っ直ぐに作品作りに目を向けられるように、沢山書きたい物が書けるように、少しずつでも自分の事変えていきたいです。

今回の辞活で、それに気付けた。変わりたいと思った、それが何よりも覚えていたい私の「本当」の気持ちなのかも、知れません。